2015年5月27日水曜日

痛みと恐怖感

納品した仕事のチェック済みファイルが届きました。


これを確認して再度やりとりをするのですが、



自分、思った以上に見落としがあるなぁ、というのが率直な感想。


Tradosの調子が悪くて、用語登録やメモリ活用が上手くできなかったというのはありますが、これは自分あかんやろ、ってやつ。
(ソフトの調子が悪い時にどうやって付き合いつつ仕事を進めるかも課題やな…)


まあ、そんなレベルやからこそ、チェッカーが必要という理由にはなってくるんでしょうけど。


この講座で言われているようなハイスペックな特許翻訳者には、そりゃすぐにはなれまへんわ、と腑に落ちました。


まず、本当に細かいところに対する注意力が足りない。
技術的思想がどうとか背景知識とか、というよりも、誤字脱字、上付き文字と下付き文字、句読点の見落とし…。そっちのほうが足りない力なのかも、と思いました。今のレートだとどうなのか分かりませんが、これからもっと高レートを目指すのにこんなクオリティやったらあかんやろ、っていう恐怖感。


あとは、最初はきちんと訳していたのに納品前のチェックでテンパってしまって、重大な誤訳をしてしまったのもあった。自分、ランナーを抱えると急に打ち込まれるピッチャーみたいに、崩れやすい。指示を勘違いしていたところもあったし…。

改めて、最初の翻訳ですべて決まるんだな、と。


今回の課題として、あれだけの分量が多い仕事を今後、どうやってより丁寧に捌くのかを具体的に考えないとまずい。

ただ、細かいチェックをするのはチェッカーの仕事なので、自分では最大限注意しつつも、こんかいの経験を素材にして、これから修正していけばいいのかな…?とも。


自分の完璧主義(高理想主義)がいけないのは、こんなクオリティでお金頂いている自分を根本から否定してしまうことでしょうね。こんなんでこれだけの対価もらったらあかんのちゃうか、もっと自分を高めないと、と考えて悩んでしまう。単に、講座を通していろいろやってきたつもりでも、全然足りなかったことに愕然としているだけなんですけど。

とりあえず、「この内容でもお金頂ける」ということを受け入れてもいいのか…?それを認めたうえで自分の足りない点をどう修正するかを今後実行して、らせんを上っていく感じでいいのやろうか…。


ただ、チェッカーからのコメントで、技術背景とか化学の知識があれば「これ一択」になるところが、逆にややこしくなっていたり(この解釈については自信ある)、案外自分に足りないのは、思考のテンプレート以上に前処理後処理方法や注意力なのかもしれないと思った。それと、文章の統一方法。
それと、化学にしても背景知識をきちんと理解して、引き出しとして持っている人は全員ではない…?
この講座やっていると、一般的なレベルがよくわからなくて、自分の立ち位置が客観的に分からない。自分はだいぶ下やと思っているけど…。


そういえば、Trados上で上付き文字、下付き文字にして訳して保存→訳文だけワードに保存、の時に、明らかに上付き文字が下付き文字になっていたというケースが今回多々あったけど、これについても今後対策を立てないと…。

Tradosが上手く機能しない時を考えて、Pat-Transerを買っておくのもよいかもしれない。



何かの本で「お金を頂いて(=仕事で)得る学びが一番貴重」というのを読んだ記憶がありますが、対価を頂いているのにこんなんじゃあかん、という痛みと危機感、恐怖感はものすごいですね。そりゃ胃が縮む。

これだけ恐怖感や痛みを感じるのは、自分の存在を否定されたくないっていう気持ちが人一倍強いからなのかな…と思います。が、結果残せてなくてこんなこと言っててもダメですね。


次の仕事では今回の学びを反映して取り組みますが、そもそもこの内容で次はあるのか…?というのが恐怖ですよ。




今日は10時に寝て5時に起きるつもりが全く寝れなくて、2時に起きて仕事していました。



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